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円頓寺は 子育て、安産の鬼子母神様のお寺です。

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〒451-0042 名古屋市西区那古野1-11-7

長久山 円頓寺

円頓寺の鬼子母神様【歴史】

鬼子母神様:本堂内右手脇間に安置

 

 商品イメージ

 
 
鬼子母神様

 毎月18日が鬼子母神様の縁日です。
午後1時半より、ご祈祷が行われ、年に一度、5月にはご開帳法要を行います。

★奉安されている鬼子母神様は「子安の鬼子母神様」。子安とは「子育て安産」のこと。現在は、子供は生まれて育つのが当たり前と思われがちです。しかし江戸時代は違います。
当山が尾張徳川家より鬼子母神様御尊像を拝受いたしました江戸時代初期は、徳川御三家筆頭の尾張家であっても母子共に健康に出産できるとは限らない時代だったのです。無事出産を感謝して贈られた御尊像です。
★当山第2世 玄収院日道上人は加持祈祷に優れ、尾張初代藩主、義直公の側室のご信奉あって、安産祈願・子育て祈願。後に尾張徳川家2代 光友公を出産し、名古屋城築城時の棟木の余
材で作られた鬼子母神像を寄進されたと伝わります。

鬼子母神伝説


鬼子母神様は、その昔、人里に下りては人間の子供をさらって100人と1000人ともいわれる自分の子供に食べさせていました。一方、人里では毎日のように子供がさらわれ行方不明に。ついに村人は困った人々を救ってくださると評判のお釈迦様の元を訪ね、相談しました。
 お釈迦様は托鉢修行の時に、鬼子母の出払った家を訪ね、もっとも可愛がっていた末の子を鉢に隠して連れて行きました。そうとは知らず帰ってきてあわてたのが鬼子母。髪を振り乱しあらゆるところを探しましたが見当たりません。そこで困った人々を救ってくださると評判のお釈迦様の元を訪ね、相談しました。
するとお釈迦様は「おまえにはたくさんの子供がおるではないか?一人ぐらいいなくなったって悲しくもなかろう」。
 鬼子母は「いいえ、お釈迦様。何人いようが子供はどの子も大切。どうか居場所をお教えください」と懇願します。
「良いか、鬼子母よ。人間はおまえのようにたくさんの子供を産めない。そんな子供たちをおまえはさらってきていたんだ。お前には、たくさんの子供がいたって、その一人でも、子を失えば親は悲しい。子供をさらわれた村人の苦しみがわかったか?それを理解し、真の懺悔(さんげ)ができたら、おまえの子供は返ってくるであろう」とおっしゃいました。
「わかりました。これからは人の子供をさらいません」と鬼子母は誓います。それでも子供は返ってきません。「今後、私は人々の子供も自分の子供のように思い、見守っていきます」と誓いました。すると鉢の中から末の子供が現れました。そして鬼の形相の鬼子母は柔和なお顔になり、鬼子母神として全ての子供を守る神様になられたといいます。
 所説ありますが、簡単に謂れを書きました。
 いずれにせよ「我が子さえよければいい」という心が鬼。でも親というのはそうしたもの。「我
 が子は可愛い。自分の子さえよければいいんだ」という親はたくさんいます。私だって我が子は可愛いですよ。この度が過ぎるのがモンスターペアレント。子供がかわいいのか、自分がかわいいのか?この心が邪悪な鬼子母の心なのではないでしょうか?
 昨今は我が子を虐待、ついに殺してしまうという事件がたびたび起こります。悲しい時代になりました。
 昔の医療が整わない時代には、子供が亡くなるということが日常茶飯事でした。その嘆きが「鬼に子供をさらわれた」という説話を生んだのかもしれません。子供が育っているというのは、よほど恵まれたことと肝に銘じ、親へ感謝をしなければならないなあと思います。産んでくれた母に、育ててくれた親に感謝。親こそまさに鬼子母神様です。


  
鬼子母神様
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